【母の日】母子相姦野郎の過ごし方

本日は母の日ということで思い出話を少々。

私が幼稚園や小学校の頃は、母の日のプレゼントを製作させられるイベントが授業に組み込まれていたので(最近はいろんな観点から控えてるところが多いらしいですが)学校で言われたままに、製作したそれらを母に渡していました。とても喜んでくれたので私も悪い気はしておらず、必死で似顔絵等を描いていた記憶があります(絵、クソ下手です)

その後、多感な時期を迎え、かまってくる母を鬱陶しく思う、思春期特有のあの感じも本当に少しの間でしたが私も経験しました。いつまでもガキ扱いしてんじゃねーよ的な、それがそもそもガキのそれなのですが、まあそういう多感な時期に突入したわけですよ。その頃は、母の日とわかってはいてもあえて何もしてなかったですが、性の目覚め以降は毎年欠かさず何かしらするようにはしていました。正直、若い頃は性的な見返り欲しさが主な理由でしたがw

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中高生の頃の母の日は、食事を作って提供することが多かったです。
母は“人間死ぬまでごはんは食べるんだから、料理は作れるに越したことはない”っていう考えの人だったので、私は幼い頃からいろいろと手伝わされており、そこで培った技術を遺憾なく発揮し、母の日を盛り上げようと必死で挑みました。
その代わり、食後のデザートには母を希望w母への感謝を伝えたいわけではなく、私の目的は完全にこっちでした(こういう、ずっと後悔してるわりに常にチャンスを狙ってる感じが本当に矛盾してるなぁと自分でも思うけど、母に触りたくて仕方なかったんだよね)
拒まれ前期は、私が勝手にデザート(母)にかぶりついて擦りつけて出すっていう、とくに母の日バージョンがあるわけでもない、いつもどおり拒まれていただけでしたが、そこから少しずつ少しずつ、してくれることが増えていき、完全に受け入れてもらってからは、乳首にメープルシロップ垂らして舐めてみたり、そういう頭のおかしいデザートプレイ(人生で3回ぐらいやったかなw)にもなんだかんだ言いながら付き合ってくれるようになりました。マ◯コはいつも味付けせず、素材の味を楽しみましたw

大人になってからは、エロくない下着とかエロい下着とかをプレゼントして(ネット購入)母にすぐ着てもらってファッションショーを堪能した後、手マンとクンニで無理って言うまで何度もイカせて、最後はチ◯コで悦ばせてあげたり(これは私が悦んでるだけ)
そういえば、そのエロい下着の置き場に困った母は、最初は私の元部屋に隠していたらしいのですが、万が一父に見られたらヤバいと思って、自分の車の開けない方の小物入れ(どこなのかよくわかりませんw)に潜ませていたと言っていました。それはそれで車検の時とかに発見されないんだろうかwあの時一回しか使わなかったのに、変なものあげてすみませんでした。

母の日とか言いつつ、今思うと己の欲しかぶつけてないですね。
もちろん、エロじゃない普通のものをプレゼントをしたり、一緒にご飯食べに行ったり、飲みに行ったり、旅行行ったりもしましたけど、結局、私と会うともれなくチ◯コもプレゼントみたいになってしまってたので汗

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