先日、20代後半の息子が70代の母親と数年に渡って性行為をしている、みたいな記事をネットで読みました。
私たちとは全然違う感じの親子だったんですが、息子さんが「尽くす系で…押しに弱くて依存体質の母親じゃないと相姦は無理」みたいなことを分析していましてね。そんな母親だから、相姦をお願いしても断られることは考えていなかった、と。
たまたまかもしれませんが、私の母も尽くす系で押しにものすごく弱くて依存体質なんですよ。外ではそれを隠して、面倒見の良いサバサバ系おばさんをやってましたけどね(まあその一面も嘘というわけではなかったんでしょうけど)
あの息子さんのように私も、“ヤリたい”という気持ちを母に伝えて真剣にお願いしていたとしたら、どういう未来だっただろうかとふと考えてしまいました。
「母さんのこと四六時中考えてしまう」
「母さんとHなことしたくてしかたない」
「母さんの下着を使って一人でシてる」
「母さんの透けてる乳首見てると気が狂いそう」
「頭がおかしいことはわかってるけど、自分ではどうしようもない」
みたいな、当時の私が常々思っていたこと、やっていたことをありのまま母に伝えて相談していたとしたら、、、
あー確かに、粘れば肉体関係までいけた可能性が高い気がしますね。
私は母が相姦に沼った姿をこの目で見ているのでそう思うのかもしれませんが、母は本気で煮詰まった様子の私を目の当たりにしたら、放置できないのではないかと思います。
その母性に甘え、私は欲を隠さなくなるでしょうし、しつこく関係を求めるでしょうから、押しに弱い母は最終的には私に身体を許したのではないかと思われます。
癖を自覚した頃の私は、母に手を出すつもりなんて1ミリもなくて、母を卑猥な目で見ていることを一生伝えないつもりでいました。
でも、突発的な昂りを自分で制御することが出来ず、気付いたら取り返しのつかないことをしてしまっていました。
私は母を押し倒したことを悔いていますが、もしあの時どうにか踏みとどまれていたとしても、それで“普通”の親子のままでいられたかと問われるとそんなことはないと思います。
少し先送りになっただけで同じ結末を迎えたか、そこでどうにか思いとどまったとしても、いずれ耐えきれなくなって母に気持ちを吐露していた可能性は高いです。
あの記事の息子さんが言うように、母の性格を考えると、それはそれで最後は同じところに着地していたのかもしれませんよね。
もちろん、だからあの時のことが仕方なかったとは思っていませんが。
ただ、どうせ同じところに辿り着くのなら、無理やりではなく、せめて自分の気持ちを言葉にするところから始められていたら良かったのにな、とは思いますね。
過去の流れを時系列でまとめています→▶︎母子相姦の思い出まとめ

▶ 「母子 五十路母が息子を誘うとき 田村みゆき五十二歳」(ソクミル・PR)
頼りなく心配の絶えない息子のそそり立つオスを目の当たりにし、男を感じ、身体の火照りを覚える母。五十路の欲情は止められず、すんなりと息子に股を開いてしまう。完熟した母の色香に骨抜きになった息子と繰り返される禁断の行為。
母も私の朝勃ちのことよく言ってきてたので、多分欲情してたんだと思いますw「舐めて起こしてくれて良かったのに」と言うと「あれは興奮してるわけじゃないんでしょ?」と絶対にお口で起こしてはくれませんでしたけどね。自分に興奮して勃ってないと嫌だったらしいw


コメント