欲に狂った坊やだった私が母を押し倒して始まった母子相姦ですが、果たして母はどの辺りから私に男を感じ、受け入れるに至ったのかについて検証していきます。完全自己満足なので内容は重複する可能性がありますが、そこはもう気にせず重複させます。重複させつつ新情報も混ぜるといういつものやつで進めていきますw
初期は母はずっと嫌がってるのに私が無理やり触っているだけだったので、私を性的に見るようなことは一切なかったと思います。回数を重ねるごとに明らかに母は濡れるようになっていきましたが、単純に物理的な刺激によるところが大きかった気がします。
物理的刺激を与えているのが私っていうのももちろん、全く関係ないわけではなかったとは思いますが、その点が母のエロに直結していたかどうかはこの時点ではよくわかりません。ちなみに乳首は初回に押し倒して触った時から勃起はしてました。まあ人体とはそういうものなんでしょうねw
半年ぐらい?もっと後かな?私が「母さんに嫌われたくないけど、母さんのこと考えたらおかしくなる。どうしても我慢できない」的な、マザコンぼやきを母に漏らした日から少しだけ母の態度が軟化しました。軟化したとはいっても、普段の態度が普通になっただけで(押し倒してからずっと母との親子関係は崩壊してまして、そこが軟化した)ずっと拒否られているのは何も変わりませんでしたので、あの時もまだ男として見たりはしてなかったと思います。
息子はこの卑猥な行動をやめたいとは思っていて後悔はしているようだけど、性欲というものをどうにも自分では上手くコントロール出来ないらしいってことがなんとなーく伝わった感じだったんでしょうね。
当時は(…というか今もですがw)本当に母への性的なブレーキはぶっ壊れていました。学校の同級生、先輩、後輩なんかにはそこまで反応しませんでしたし、なんというか、母に対して変な盛りグセみたいなものもついていたのかもしれません。
やはり最初の男意識ポイントは私の勃起に触れたことでしょうね。
いつまで経っても全然チ○コに触ってくれなかったので、母の手を誘導して勃起を握らせた上から私も握って、手コキ補助みたいなことをさせたのですが、母に握られてると思うと数秒で暴発して精液がそこら辺に飛んで、母の手にも私の手にもついて、「親に何させてるの!」って怒られて。母は急いでティッシュを取って自分の手だけ拭いて「撒き散らしたの、ちゃんと拭いときなさいよ」とプンプンしながら浴室へ。私のチ○コは無視w
でもここで私が母に無理やり触らせて暴発したおかげで、母はこの一連の行為を“息子の性処理”として切り替えたのではないかと思います。いや…やめさせるのを諦めたと言ったほうがいいのかもしれない汗
私はずっと早漏ではありましたが、焦って擦りつけて出していた初期とは違い、少し余裕の出てきたこの頃は、母の身体をしばらく堪能した後に押し付ける作業に入るようになっており、母の時間もかなり圧迫していたんだと思われます。よく「洗い物しなきゃいけないのに…」「お風呂入ろうと思ってたのに…」みたいなことをぼやいていたので、いくらやめろと言ってもやめないのだから、来たら拒まずさっさと終わらせてしまおうという方にシフトされた気がします。
まあ母がそうやってシフトしたお陰で母子相姦は軌道に乗ったんですけどねw
では後編へ続くー
コメント
はじめまして
すごいですね
実は自分も母子相姦体験者です
自分の場合は継母でしたが
c1の2月ぐらいに寝てる時に母のほうから夜這いにあって…みたいな感じでした
騎乗位で生だったのを今でも覚えてます
s6の時に自分から母に勃起見せたのが原因でしたね、今考えるとw
健太郎さんのほうがすごいですけどね
一馬様
初めまして、コメントありがとうございます。ブログ読んでくださって嬉しいです。
私は母に自分の欲をひたすらぶつけ続けていただけなので全然すごくはないですよ。私からしたら一馬さんの体験の方が衝撃的です。
一馬さんの無邪気な行動からお母様が衝動を抑えきれずに…と想像すると私の性癖には突き刺さりますが、一馬さんご本人としては、お母様に跨られてさぞ驚かれたことでしょうね…
レスありがとうございます
勃起見せたのはただ何となくでブリーフに精液擦り付けて洗濯に出したりしてましたw
それもただティッシュがもったいないって理由でw
やってた時はなんか股間が濡れてるって感じがしたのが印象的でした
ずっと生でしてたのがたたって出来ちゃっておろしちゃったのが心残りでした
情けないです
一馬様
こちらこそお返事ありがとうございます。
ご本人は何気ないつもりでも、精液付きブリーフ+勃起見せつけはなかなかのアピールですもんねwお母様もたまらず行動に移してしまったんでしょう。
実際は濡れてるんじゃなくてお母様の中に…とてもリアルな感想で興奮してしまいます。
もし私も母と生で始まってたとしたら、ずっとそれを継続したでしょうし、一馬さんと同じ道を辿っただろうなと想像すると心苦しいです、、