拗らせた母性大暴れ1

再び好き放題ヤり始めた大学3、4年の頃、拒まれ期間も含め、母に手を出してから6、7年は経っていたと思います。それまでたまに思い出したように“親子なのにこんなこと”とか言ってた母も、それを理由に拒むことはもうなくなっていました。母はあの頃やっと、私を男として、性対象として認識したのかもしれません。

でも、母の方からはっきりと誘ってくることはなく、それをしないことでどうにか母親としての権威を保っていたのではないかと思います。私が求めると躊躇なく勃起を咥える姿に権威は一切感じなかったけどwあの頃から母は、それまで演じていた“子供の悪戯を仕方なく受け止める母親”というスタンスをやめました。

とは言っても、Twitterやブログに書いているような、印象に残ってる思い出は母がかなり興奮している状態の描写が多く、積極的に映っているかもしれませんが、基本受け身でこっちからいかないと何もしてくれなかったし、最中はひたすら顔を隠し、フェラ中もこっちを見てくれず、勝手にイッて事後報告みたいなおばさんでしたw

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母と繰り返し身体を重ねている裏で、彼女との結婚話も着々と進めていた最低な私は、再三「彼女が挨拶に来たいって言ってるけどいい?」と母に聞いてたけど、決して首を縦には振ってくれませんでした。嫉妬から腰は普段よりも多く振ってくれましたけどw私がねじ曲げてしまった母性が、より粘着質に纏わりつきました。

まだ母に結婚したい意思は伝えていませんでしたが、気づいていたとは思います。母は主に行為中、独占欲が爆発するのか、「母さんとずっとしてね」等と驚きの台詞を口走り始めました。“前は好きな人とやれって言ってたのに”って心の中でつっこみつつ、母に未来のチ◯コまで求められた興奮で私も必死で突いてしまう悪循環…

普段の母に「今日彼女とデートしてくる」とか言っても、そこまで嫉妬丸出しという感じではなかったですよ。妬いてるのはなんとなく伝わってはきましたけど、「ごはんは食べてくるの?」ぐらいの反応でした。
それを伝えた後で私が母の身体を求めた場合は、素直な女になりましたけどねw

正式な結婚の挨拶ってわけでもありませんし、多分このまま母に頼み続けても埒が明かないと思った私は、もう勝手に日時を決め、母と彼女に伝えました。それでもずっと煮え切らない態度の母は、SEX時だけ「健のここ触ってる人と母さん、会えないかも…」と本音のようなものを漏らし、普段よりチ◯コに執着を見せました。

2へ続くー

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